詩・その他


by superkavi

哀しみ皇子(9)

ぼくは哀しみを探索する哀しみ皇子

目覚めのいい朝
太郎さんと花子さんの家に泊めてもらったぼくは、哀しみとともにすがすがしい朝を迎えたよ
昨日の夜は楽しかった
太郎さん、面白い人で、花子さんは優しい人で
ちょっと憧れちゃうな、ぼくは

今日は、太郎さんについて、釣りにいくの
遊びじゃないよ、れっきとした生活のためのおしごとなのね、これも

川まで太郎さんといって、ぼくは釣りをしないけど、太郎さんの横に座って、いろいろ話を聴くことにしたんだ
哀しみの奴は、川べりで日向ぼっこしているよ、いい気なもんだなあ

太郎さん、昨日ね、太郎さんがお風呂に入っている間に、花子さんにいろいろ聴いたんだよ、ぼく
「聴いたってなにをだい?」
ぼくは花子さんから聴いたことを話した
でね、花子さんはどうでもいいっていうけど、ぼくは太郎さんと花子さんが愛し合っているんだなって思うんだ
「・・・・・」
太郎さんは答えなかった
ちがうの??
「皇子、これは誰かが言っていた言葉だけどね、愛というのは、幽霊と同じ、誰もが口にするが、見た人は少ない・・・・そういう言葉があってね
だから、俺にも愛し合っているかどうかは、実はどうでもいいんだよ」
えー、やっぱり・・・ぼく、ショック
「ははは、すまんな、皇子、夢を壊すようで
そもそも、本当に愛なんてものが俺たちにあるのなら、ここから二人で出て行っているさ
なぜなら、愛とは環境に左右されることなく二人を結びつけるものなのだろうから
俺は自分の不完全さはよく知っているつもりだ
だから、愛を見ることよりも、あいつを失いたくないだけなんだ
だから、こんな縛りのある土地に住んでいる」
うう・・・大人の話な気がしてきたよ、ぼく
あ、太郎さん、引いてるよ!
「おっと」
太郎さんが釣り上げた
じゃあ、太郎さんも二人きりになるために、ここに住んでいるのね
「そういうことだな」
それは、花子さんを失わないために?
「そうだ」
太郎さんはまた、釣り糸を垂れた
「ただね、ここから出て行くのは自由なんだよ
俺はあいつに強要はしていない
楽な生活じゃないしね」
でも、花子さんは出て行かない、ということは、花子さんにも太郎さんが必要だってことだね?
「そうなるかな、本当に、俺のことがどうでもよくなれば、出て行けるだろうから
ここでは一人で生きていけないとはいえ、ここから出て行くことは不可能じゃない」
だから、出ていかないということは、太郎さんのことが必要なんだね?
「あと、きっとな、あいつは、私が居ないとあなた、生きていけないでしょ?って思ってるんだと思う
まあ、その通りなんだがな」
太郎さんは川を見て笑っている

シミジミ~シミジミ~

あ、哀示美鳥だ!あいつも太郎さんに合わしてるのかなあ

「俺たちはきっと、臆病なんだよ
だからここから出て行けないのかもしれない
俺はいままで、いろんな人を見てきたよ
それこそ愛を熱烈に語るのもから、ニヒリストまでね
でも、その多くが自分の言葉とは裏腹に敗れていく姿を見てね
俺があいつを失わずにいられる方法として、ここに住むことを考えたんだよ
だから、弱者の智慧ではあっても、愛などと呼べる崇高なものじゃない
いや、愛でなくてもいいんだ、俺にはあいつが必要なんだから」

哀しみの奴が天を仰いでいる
きらきらと川の反射が、哀しみを照らして、ぼくはちょっと、奴のことを綺麗だなとか思っちゃったよ

ねえ、太郎さん、ぼくはさあ、幼馴染のミヨちゃんが好きなんだ
人に教えるのは太郎さんが初めてなんだけどね
ぼくらも太郎さんみたいになれるのかなあ
「なんだい、皇子、俺たちみたいになりたいのか?」
なんだかね、よくわかんないんだけど
「ミヨちゃんが、皇子のことをどう思っているかわからないけどな
ただ、皇子が誠実に差し出すことが重要なんじゃないかな?」
差し出す?
「そう、人間なんて不完全だから
好きな気持ちが相手を傷つけたり、そんなつもりがなくても追い込んだりしてしまう
だからって、それを恐れていちゃ、何も始まらないし、乗り越えてもいけない
ただ、誠実に、自分をね、差し出す
傷だらけでね、血まみれになっても、立って居なくちゃならないときがあってね
そうでなかったら、相手が皇子を見失ってしまうだろうから
人身御供じゃないけど、殉教みたいな気持ちはないと無理かもしれないね。」

なんか、ぼくには無理な気がしてきた・・・・・

「あははは、皇子はまだまだこれからだから」

ねえ、太郎さん、例のさ、やさしさの加わった涙についてなんだけど
ぼくは花子さんに聴いたことを太郎さんに伝えた
「あいつ、そんなことを」
太郎さんは微笑んだ
ぼくはね、誰かに拭いてもらう涙かなあとか思ったんだけど、花子さんは、ちょっと違うみたいだったんだよね
「そうだね、拭いてもらうことは表面上じゃないかな」
やっぱりそうなんだあ
「俺はね、あいつの涙を拭うときは、あいつの涙がわかるときなんだよ」
涙がわかる?
「そう、うまくはいえないけどね
あいつの涙が俺に伝えるものがあって、なんとなくね」

あ!そうか、わかったよぼく!
加わるやさしさって、涙を流している人の気持ちがわかって拭ってくれる人の涙なんだ
とても大切に思う人の涙を拭うこと、その人の哀しみを共有できる心、それが、やさしさなんだね!
「その職人のオジサンに確認してみないとわからないけどな、俺にも
皇子がオジサンと別れるときに泣いた涙をオジサンが拭ってくれて、それが宝石になったということは、皇子もオジサンが好きで、オジサンも皇子のことが好きで、だから、皇子の流す別れの涙の意味も気持ちもオジサンにはわかったんだろうな」

やさしさは、哀しみの共有から生まれるものなんだ・・・・

「皇子、だから、俺があいつの涙を拭ってやれるのは、俺もあいつと同じ哀しみを持っているということになるのかな
お互い、もどかしいほど相手を欲しているのに、上手くいかないときとかね、あいつはよく泣く
そして、俺は、こんな世界にあいつを閉じ込めて、それでもなお、あいつを泣かせてしまう自分のふがいなさや、ここを出て行かずに居てくれるあいつの気持ちにね、やりきれない自分に対する哀しさがあって、それがあいつへの感謝に入り混じって、涙を拭うのだろうな」

やっぱりぼくは異世界にいるんだと思うのね
でもさ、太郎さんと花子さんは嘘がないんだと思うのね
どうやったら二人でいられるのかって考えているのが、ぼくにはとくに心に響くのね

「お互いの不完全さを罵り合えば、どんな人間だって、永遠にいっしょには暮らせないだろうさ
ただ、それを越えてなお、その相手といっしょに生きていきたいと思うかどうか、そこなんだろうって、俺は思うんだ
条件ではなく、どうやったら、二人が必然になれるのか、それがね、俺のここに住む答えかな」

とうさん、かあさん、ぼくはさ、大人のことはわからないんだよね
必要とし合った二人が、どうして罵り合うことになるのか、ぼくにはわからなかったんだ
太郎さんや花子さんは、いつも自分達の弱さを直視しているんだね、だから、それをどうやって乗り越えて、相手といられるのか、そこを考えているようにぼくは思うね
とうさんもかあさんもさ、もう、いい歳なんだから、仲良くしてよね
最後にさ、太郎さんがぼくに話してくれたことを書いて、今日の手紙は終わっておくよ、また書くからね

「昔、詩人に石川啄木って人がいてな、その人が言ったという言葉があるんだ
それをね、皇子に贈るよ・・・・・・」


『必要とはもっとも確実なる理想である』
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by superkavi | 2007-07-28 00:44 | 哀しみ皇子