詩・その他


by superkavi

 「ありありと見る」というのは、故梶山雄一先生の著作に見られる言葉である。私も読み出したころは、何をいっているのかよくわからなかった。10年ほどたって、ようやく少しわかった気がしているところだ。
 梶山先生は「空の思想」(人文書院)という著作でマッカリ・ゴーサーラというアージーヴィカと呼ばれる学派の開祖と、ブッダのもとで不幸な境遇から悟りを得たある出家した女性の話を出して、この言葉を使われている。マッカリ・ゴーサーラは、一般には「宿命論」を説いたと仏教の文献では語られている。「人の運命というものは糸毬のようなもので、賢者も愚者も、善人も悪人も、運命の毬の糸が解けてなくなったときにはじめて、予定された輪廻転生を完了して苦から解脱するのだ、と。(中略)近頃、ひょっとしたらこれはとんでもなく偉い男であったのではないか、と思うようになった。自分の糸毬が解けてなくなった、ということがありありと見えてきたとしたら、それ以上のさとりなどあるわけがない。とくに立派なのは、この喩え話が抽象的な理論などをかけらも含まないで、マッカリ・ゴーサーラが毬の糸の解け終わったのをまじまじと見つめている、その具体的な姿をはっきり伝えている点である。」(「空の思想」より)。梶山先生はこのように「ありありと見る」ことを使われている。ブッダのもとで悟った女性のほうは、水が高いところから低いところへ流れ、そして消えていくのを見て悟ったという話であるが、それらを並べて「見たものが似ていなくともよいのである。肝心なことはどこまでありありと見たか、ということなのであるから。」と締めくくる。

 学生のときに読んで、ここのところはさっぱりわからなかった。たぶんに、現代日本の死に至る病「受験勉強&学歴社会」の影響であったのだろう。見たものが違うのに、「それでよい」というのは、当時、「答えは一つ」「正解を誰かに判定してもらう」「世間体に合わせる」という世界の私に理解できたはずもないのだ。

 このことを知るに、やはり「空」ということはなくてはならないキーワードであった。

 既成概念と言葉の実体化の世界に生きる我々には、灰皿は灰皿である。しかし、これに水を入れて飲めば、コップであって、花を挿せば花瓶である。サイコロをいれれば振り壷として使えるかもしれない。匂いがすべての犬にとっては、それは灰皿でも、コップでも花瓶でも振り壷でもないだろう。我々が普段「在る」と思っているものなど、これほどに不確かな存在でしかない。真実の世界のありようは言葉を離れている。おのずから備わった性質など持たないこと・・・それが「空」と呼ばれる世界だ。
 その「空」なるものに、我々が主観として「灰皿」という作用を与えるからこそ、灰皿は生起しているにすぎない。それは、現実といえど夢幻のようなものだ。
 世間がそれを「灰皿」と呼び、そして私がそれを「灰皿」と教育されている時点では、それは「灰皿」として「在る」と言われる。しかし、そんなもの、所詮は「約束事」にしか過ぎない。創造という世界は、その「灰皿」を「コップ」だと表現することである。そして、100人中、100人がそれを「灰皿」ではなく「コップ」だと認識した時点でそれは「コップが在る」という表現がとられる。その瞬間、「灰皿」は消えてなくなるのだ。
 鶏の鳴き声にしても、日本では「コケコッコー」であって、アメリカでは「カッカクードゥードゥー」。これはどちらも間違いとはされていない。本当にどう鳴いているのかは、鳴いている当の鶏しかわからないのに。
 「美しい」と「不細工」の境界線も所詮はこの「多数決の論理」でしか評価されにくい。人に合わせた価値観、ファッションといったものは、その社会における「安心」でしかない。一般に言われる生き方、人生とてそうである。

 人間として生きていくためには、社会の規範は必要である。それは一人で生きているのではないから仕方の無いところだ。数学で1+1=2であるけれど、これだって約束事でしかない。大きさも重さも違う、二つの林檎を足したところで、2にはならない。でもそれがないと、数学は進まない。

 それが「すべて」でないと知り、誰かに「判定」してもらう必要がないと知るとき、人は新しい世界を見る。「空」という世界は、すべてに「自性」がないという点で、すべてのものを等価にしてしまう。悪人が善人に転化するためには、この「空」の考え方がなければ成り立たない。

 誰かに教えられた生き方がすべてではないし、教えられた生き方が悪いというわけでもない。自分で「納得のいく」人生を探すしかないだけである。不幸を口にすれば、人間だれしも皆、不幸である。ある人の不幸を、その人から取り出して、僕の心に入れることができるなら、どちらが本当の「不幸」か判定できるかもしれないが、そんなことは不可能だ。だから、自分だけが不幸なのでもないし、幸せなのでもない。あの人に比べて自分がどうか・・・なんていうことは、これくらいあやふやで、不確かで、つまらないものだと思ってしまう。

 誰かが「かっこいい」というから、自分も一緒になって「好きになる」という恋のパターンは、他人と自分の生き方を比べて、その価値を他人の生き方に置くようなものだ。その人のことを「本当に」好きなら、他人の評価は、じつはどうでもよいことなのだ。

 概念と言葉の世界に、私が自分の世界を、言葉を使って作り上げること・・それが「詩」なのであるが、それはそのまま「私の見た、あるいは、感じた世界」である。しかし、その「詩」を読んだ人は、各々の世界をそこに投影して読み、感じる。それは私が見たものと似ていても、似ていなくてもよい・・というところか。その人がどこまで「ありありと感じたか」である・・とも置き換えられる。読み手にとっては「感じたこと」だけがすべてなのだから。

 梶山先生は「見えているものは、そして見えているものだけが言葉の最高の意味における『実在』なのである。」(「空の思想」より)とも書いておられる。「ありありと見る」ということを言い換えると、そういえるのかもしれない。

 自分の生き方を「ありありと見る」ことができるなら、それが本当の生き方だろう。それは自分の人生を「肯定」することだともいえる。自分の人生は、最後は自分でしか肯定しえないものだ。他人に評価されても自分が肯定できなかった人生になど後悔しか残されてはいまい。
 マッカリ・ゴーサーラの糸毬の話は、その、自分そのものの「肯定」の喩えだと私は思っている。後の仏教徒が「宿命論」などと書き残したのでそういう評価があるが、人生において、選択肢はいくらでもあったといったって、所詮、選べる道は一つなのだから、ないに等しい。多次元世界が同時に存在したとしても、選べる世界は一つなのだ。時間も戻せない。進んだ先で見たもの、選んだ先で見たもの、それが「ありありと見える」時、その人生は「肯定」され、迷いから解き放たれる。それを解脱といい、輪廻というサイクルから「消えてなくなる」唯一の方法だったにすぎない。人生が「肯定」ではなく「後悔」で終わるとき、人は「執着という輪廻」をぐるぐる回るだけなのだろう。

 ゴータマブッダの死期が迫ったとき、ある町を去るときに振り返って、ブッダが微笑んだという話がある。弟子がいぶかしんで理由を聞くと「これが見納めでろうから」という答えだった。私にとっては、このブッダの微笑と、マッカリ・ゴーサーラの糸毬の話は同じ意味を持っている。

 もがいて、あがいて、それで見えてくるものがあるのなら、それが最高の意味での真実である。どんな終わりを迎えるのであれ。闇の中で光を感じて月を知るように、人生の暗闇においてさえ、「ありありと見る」ことを諦めなければ、光を、月を、そして月を照らす闇の向こうの太陽でも、その心に描くことができるようになるだろう。
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# by superkavi | 2007-06-19 13:35 | 思考の断片

言葉


 「愛の対義語」について、それぞれが語っているトピックスがあった。それこそ「情」であるとか「恋」であるとか、「憎」であるとか、「不安」、「無関心」というものまである。
 対義語ではないけれど、一頃は「永遠の愛」だの、「純愛」だの、「本物の愛」だのと、そんな単語が飛び交っていたサイトもある。

 インド佛教における「空の思想」の大家、ナーガールジュナは、言葉とその虚構性によって世界を構築してしまう人間の思考的な弱点を、その著作において力説しているが、上記にあげたような命題がもっともそれを端的に表していると思われる。
 言葉の形而上学と言い換えてもよいが、言葉によって、現実から遊離していくということである。

 「愛」は愛であって、他のものではないとするならば、何をもって対義語と呼べるのか、ということには答えはない。それはこのトピックスでもちゃんと指摘されていたことであり、それをわかっての思考の遊戯であるのだが。
 言葉ではなんとでも言えてしまう。それは虚構であるからだ。問題は「その虚構を現実と勘違いする」ことから起きる。

 「永遠の愛」という言葉を例に取ろう。
 「永遠の」とつけた時点で、人は何を連想するかといえば「永遠でない愛」である。「純愛」と口にすれば「純粋でない愛」である。「本物の愛」と口にすれば「偽物の愛」と、このような対比を生む。
 愛は愛であって、それだけのものだと仮定した場合、そこに「永遠の」がつくことの可笑しさをどれだけの人が気づいているだろうか。「永遠の」ということと「愛」ということは、別の問題である。「純粋な」ということも、「本物の」ということもそうだ。
 「永遠」ということばそのものが、人間の世界にはありえない現象であるにもかかわらず、言葉の上でそれを作り上げると、そのようなものがあると錯誤してしまう。
 「純粋」を消してしまえば「不純」も消える。「本物」という言葉を消してしまえば「偽物」も消えるのに。人は言葉で分別して、そして本流から外れて、己の思考に埋没していく。

 「愛」というものは、言葉である。それは何にでも貼り付けることのできる代物である。そしてそれに何か別のものだって貼り付けることができる。
 そのことと、現象世界の有様とは、別の問題である。
 言葉というのは、コミュニケーションツールであるけれど、それを絶対視してはいけないということだ。永遠を誓っても、人間は簡単に離婚したりする。愛しているといった翌日には「死ねばいいのに」と言ったりする。
 「言霊」というもの、それを作用させるものが本当は「人間の心」、認識の作用である。だから、呪文に効果がある、という話になる。真言もそうだ。

 言葉で言葉の世界を否定する、あるいは壊すという作業は、なかなか難しい。最後は直感というか、感覚で掴むしかない部分はあるが、人間は一つの言葉を作ると、そこから派生していろんな「言葉の世界」を作り上げる性質を持っている、ということだけを指摘して終わりたい。
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# by superkavi | 2007-06-18 14:34 | 思考の断片

私は見返りのない詩を書いてゐる
金にはならないし
モテるワケでもない
ほんの一部の人たちに読まれるだけ
でも、それが目的ではない
私は見返りのない恋をしてゐる
さうして
私は見返りのない人生を生きてゐる

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# by superkavi | 2007-06-18 13:02 | 言葉のエナジー

 故・梶山雄一先生の著作に「般若経」(中公新書)というのがある。個人的には、その本の序章12ページくらいが、私にとってもっとも価値のある部分なのであるが、梶山先生の文章力というか、感性と言うか、そういうものがもっとも発揮されるのが、そういった、本論より少し離れた部分の、心情の吐露のような部分である。

 ここでは、唐末の禅僧・玄沙師備の出家にまつわる話が初めに取り上げられている。宋の大慧禅師の説法(普説)の中にある話によれば、玄沙は漁人であり、毎日、父について魚を捕ることが仕事であった。彼は心中、それを好まなかったが父の為にやむを得ないと思っていた。ある日、父が脚を滑らせて水底に落ちる。慌てた玄沙は父を助けることが出来なかった。そこで、彼は出家して無上道を学び、父を助けねばならないと発心する。その願いの通り、彼は心の根本を悟って大寺の住職となり、法を説いて人を導いたという。後年、ある男が死んで冥界に行くと、『玄沙の獄』と書かれた大きな獄舎を見る。そこで男は看守に訪ねた。すると看守は「父が溺れたのを助けることも出来ないで、不幸の罪を犯したために、わざわざ獄舎を作って、彼が落ちてくるのを待っているのだ。」と答えた。ところが、この玄沙は、とっくの昔に死んでいる。そのことを男が看守に「とっくに死んでいるのに、どうして来ないのです。」と訪ねた。看守は「わからぬ。」と答えながらも、逆に男に、玄沙が生前、どのような仕事をしていたのか聞いた。男は「わたくしの先祖の話によると、かれは出世の法を悟って、無数の人々を導いたそうです。」それを聞いた看守は、手を己の額に当てた。たちどころに一陣の風が吹いて、この獄舎は姿を消したとある。
他に梶山先生は、作家の杉本苑子氏の書かれた文章も紹介している。そこでは、玄沙は父を助けることが出来なかったのではなく、この機を逃せば出家の道はない、とばかりに父の為に差し出した竿を手放して、父を見捨ててそのまま雪峰山に走り登って出家落髪してしまう・・・という話を載せたあと、杉本氏のコメントを続けてこのように引用して、杉本氏のほうに軍配を上げている。
「ああ、人間とは、これほどまでにしなければ一大事に向かって、自己を駆り立てることが出来ない弱いものなのか。言語に絶するこのような無慙を、焼きゴテの強烈さで記憶の底に印しなければ、不退転の金剛心を持続しぬく自信を、持ち得ないほど・・・それほど、悲しいものなのか。」

 その玄沙の話のあとに、今度はジャータカ(本生話)と呼ばれる、お釈迦さんの過去物語の中の「ヴィシュヴァーンタラ・ジャータカ」と、それをモチーフにした、倉田百三の戯曲「布施太子の入山」を取り上げている。もともとの「ヴィシュヴァーンタラ~」のほうは、資質優れる太子が、布施をその使命としていて、請われるままに敵国の息のかかったバラモンに、自国の至宝でもある、敵を必ず粉砕した大白像を布施してしまう。怒った国民は王に訴え出て、王もしかたなく太子と妃、そして二人の子供を放逐する。その後も、太子は請われるままに、子供を布施し、最後は妃までも、あるバラモンに布施してしまう。そのバラモンは、実は帝釈天が化けて、太子を試すための姿であって、帝釈天は太子の徳を讃えて、八つの望みが叶うようにしてくれる。そこで太子は、国王に許されて帰国すること、妻のみを愛して暮らし、布施に励んでも自分の財が尽きることがないように・・・・といった願い事をする。子供達も国王に助けられて、太子を迎えに来て、この話はめでたしめでたし・・・という話である。このときの太子が、お釈迦さんの過去世であり云々という解説がつくが、まあ、それはどうでもよい。
 倉田百三の「布施太子の入山」は、最後の部分が決定的に違う。妃をバラモンに、請われるままに泣く泣く布施したあと、一人慟哭する太子のもとに一人の騎馬兵が来る。母国からの急を告げる使者であり、かつて太子が布施した大白像を戦闘に立てて、敵国が侵攻してき、国軍は潰走、祖国は阿鼻叫喚の巷となり最後の迫った国王夫妻と人民は太子の帰国に一縷の望みをつないでいる・・・と言って使者は訴える。しかし、太子は「俺は不滅の国を求めてゆくのだ・・・俺はあの山に行く!あの山こそ俺が拠って以って魔軍を防ぐ法城だ!」と叫ぶ。以下、引用してみる。
『騎馬兵は無限の怨嗟を含めて「おゝ鬼人よ聞け。而して左右に命じて記録せしめよ。葉波(シビ)国の太子須大拏は祖国を滅ぼし、父母を殺し、人民を売ったのだぞ。俺は最後まで闘おう。先祖の墳墓を枕にして死のう。」といって馬を鞭打ち、豪雨をついて退場する。太子は雨に打たれながら立っているが、やがて枯れ木のごとく卒倒する。雨がにわかにやみ青空が現れ、帝釈天があらわれて「善哉、善哉、太子。須大拏」と賛じ、侍童たちが「一人出家則九族生於天」と歌う。太子はよみがえり、「今のは幻であったか。あゝ聖なる、聖なる御姿よ。嵐は去った。おゝ俺は試みに勝ったぞ。勝ったぞ。・・・・・祖国よ。父母よ。妃よ。子よ。人民よ。須大拏は汝等をこの世界の誰よりも一番深く愛したのだぞ。・・・・・・俺は汝等を悉く救い取らずには置かないぞ・・・・・・そうだ。一刻も早く壇特山へ」といって、そのとき迎えにあらわれる鳥や獣に導かれて聖山へおもむく。』

 この「布施太子の入山」という戯曲が言おうとしていることは「一人出家すれば九族天に生ず」という、仏教で使われるそらぞらそしい成句ではなく、「一人が出家すれば九族が滅ぶ」という現実である。梶山先生も書いているが、たしかに一人が出家すれば、九族が天に生ずるかもしれないが、反対に九族が悉く滅びてしまう可能性もある、というどうにもならない現実にこの太子は呻き、やがて失神する。妃や子供、祖国や人民を捨てておいて「世界の誰よりも一番深く愛したのだぞ」と叫ばれても、捨てられた側にとって、これほど説得力のない台詞もあるまい。どちらが正しいというのではない。太子は失神してしまうほど真剣に悩んだのであり、捨てられた方の身になっても、太子のとった行動を怨むのもこれまた人間としては当然のことであろう。倉田百三という人は恐ろしい。人間の解決できない問題が、当然のようにそこにある。
少し長くなるが、再び梶山先生の文章から引用する。
『しかし、この物語が描いてきたことは、一人の出家のために九族が滅びる現実であった。布施という犠牲的精神を完全に実現しようとすれば、おのれ自身のみならず、もっとも親しきものたちを犠牲にしなければならず、祖国や父母や妻子や人民をもっとも深く愛することは、そのすべてを見捨てることであった。
 聖なる世界、宗教の示す徳目はつねに世俗における絶対的な矛盾による呻吟(うめき)を要求する。ひとへの慈悲のために施与をつらぬくことはひとからすべてを奪うことであり、ひとへの愛を末通らせることは人を殺すことである。布施太子も、そして玄沙師備も現実のその局面に立っていた。祖国が敵軍の侵入によって阿鼻の巷だ、と聞いた布施太子は、三界は火宅だと叫ぶ。それは遠い祖国ではなくて、おのれ自身が燃えさかる炎のなかでのたうっていることである。布施太子は失神する。
 父親と毎日殺生に通う玄沙師備の心のいたみはしだいに堪えがたいものになってくる。魚を釣るという、なんでもないことが、仏教に志し、出家を思う玄沙にとっては生死の一大事である。釣られた一匹の魚が苦しげに尾ひれで水面をたたくとき、それは父親が苦悩する姿であり、おのれが溺れる苦しみでもあった。玄沙はおのれの呼吸がつまり、おのれの身体が水にのめりこんでゆくのを感じた。玄沙はいちもくさんに逃げ出す。おのれの世界を襲ってくる怒濤から逃げ出してゆく。しかし、どこまで逃げても逃げおおせるわけではない。玄沙も溺れ死ぬ。
 解きほごせる問題ならばなんとでもしよう。世界が燃え、世界が溺れているときにひとは失神するよりほかに何ができよう。それはもがいても、もがいても、魔の口につかまえられた足がほどけない悪夢に似ている。どうにもならない。突如としてひとは夢から覚める。覚めて、いまのは夢であったか、幻であったか、とつぶやく。矛盾が解けたというわけではない。目覚めたときに消えただけである。』

 我が身を省みても思うことである。本当はサラリーマンとかに普通になれるなら、家族にとってはそれが一番よかったのかもしれないと自分でも思うことがある。大学生のときも、院に進み学者になろうかと真剣に悩んだ時期もあった。恩師にも相談した。学者になろうとしても、それで食える保障は無い。昔に比べて空きのポストも殆どなかった。そのころよく恩師と話したが、学者崩れは、食ってゆくのが大変である。それだけではない。中身がなくても教授という名前には世間は跪くが、無位無官のものには、たとえ才能があったとしても関心は示さない。私の先輩の多くの人が、博士課程に進みながらも仕事がなかった。
 最終的にそちらを諦めて世俗に戻ることにしたものの、性分とは変えられない。今の手技療法の世界に入った。人生とは不可思議なものである。自嘲するより他はない。そこはそこで自分で食っていかなくてはならぬ道であった。僧侶であった恩師が「僧侶という仕事は、人間のすることとしては最高だが、仕事としては最低だ。」と私に零したことがある。助教授に・・・という話があったときに、恩師は「自分は寺で食っていけるから、後輩にまわしてやってくれ。」と言った。高尚な人格を物語る話なのであるが、奥様はやっぱり助教授になって欲しかったようである(それは、世間体という部分が大きいようである)。恩師とて学者の端くれだから、教授職に未練がないわけではない。それに「嫁さんや家族のことを考えたら、助教授になるほうがいいのだろうが・・」と零したこともあった。ただ、その眼差しが遠くにあるということであろう。
 資格や教育というものは、食ってゆけることを保証しない。公務員や組織の力で食える仕事であるならばともかく、個人の能力では、たとえ人の3倍働いたり勉強したりしても、人の半分の報酬すら手に入らないこともある。それがたとえ人間のする仕事としては崇高であっても、食えなければもはや世間には認められない。人間である部分と社会人としての世俗の部分との狭間の苦悩。目指す目標が「崇高だ」などと言われても、金が無ければ見向きもされないのが日本であるし、また、万馬券に全財産をかけるような、そんな女も少ないのは事実である。こういう女は馬鹿であるかもしれないが、かわいい女だ。しかし、ほとんどが金銭的な理由から、生き方を変えざる得ない人があり、また、愛する人が離れていったり、こちらから切り捨てねばならぬことがあったりする。「玄沙の獄」が、彼の生きかたを聞いた時に、一陣の風と共に消えてしまったというのは、地獄の責め苦すら、玄沙の苦難の道を前にすれば生ぬるいからである。梶山先生が杉本版に軍配をあげるのは、父を見捨てた玄沙であるからであろう。
 梶山先生も、自らの著作で戦後の混乱期に、いっしょにいて欲しいと懇願する母を見捨てて京都大学に復学したことを、2回も書いておられる。それほど梶山先生にとって、その行動が苦悩を伴うことであり、また、心の傷になっていたということであろう。幸いにして、梶山先生は学者として大成した。それは先生の才能と努力の賜物でもあるが、背負った重荷の重さと苦悩が、先生をして玄沙や布施太子の話などを書かせているのだと思うし、また、私の心を打つのである。
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# by superkavi | 2007-06-18 12:49 | 思考の断片

存在の孤独


 二人の間を繋ぐ大切なものは、「存在の孤独」だと答えた。
人は何も持たずにこの世に生まれ、何も持たずに消えていく。他人とつながっていたい、つながろうとして、けっきょくは独りであることを思い知らされるのが人生である。
食料の自給率が40パーセントほどといわれるこの国の惨状は、改めて言うまでもないが、しかし、飲食業界で廃棄される残飯の量たるや、それこそ天罰てきめんである。人は満たされれば飽き、そのものの大切さを忘れる悲しい生き物だ。
 愛するものが周りにいるときに、人はその大事さを忘れてしまう。失って気づくが、得るとまた忘れてしまう。
「耐え切れなくて手放すのは愛じゃない。」とは、あるドラマの台詞である。
なぜ耐えきれなくなるのだろう?

 永遠を誓い、その人だけをと思いながら、どうして別れてしまったり、他の人に目が移ったりするのだろう?

 すべて存在するものは移り変わる・・・お釈迦さんはそう言った。そうには違いない。移り変わらぬものなどない。ただ、それは「移り変わる」ということだけであって、「無くなる」ということを言っているわけではないだろう。この宇宙において「無」という状態は存在しないのだから。

 世界が滅びて、二人だけが残されたときに、その相手の存在だけが自分を認めてくれるすべてであるとなった時、人はその人に対する好悪を飛び越えて、そこに愛着を抱くのではないだろうか。
 多くのものに目を奪われるから、ものが見えなくなる。飢餓状態ならば、残飯などほとんど出ることはないだろう。それと同じことだと思う。
 二人の関係が停滞することを「倦怠期」と言うが、世界で二人ぼっちになったとき、倦怠期はあるのだろうか?そのような前提は、架空でしかないから、意味を成さないという指摘はあるだろう。
 でも、本当は、そういう想像や希求の欠落こそが人間の内面的な貧困にもつながっているような気はしている。
 相手に不自由しない、という人は、なるほど飽食であろうから、とっかえひっかえできるだろう。そのほうが良いという人が大半かもしれない。

 しかし、それは、自分が「残飯」になる可能性を秘めたままであることも事実である。どんな人もやがては老いる。それでも傍にいてくれる人はいるのだろうか?

 法然は、数多ある仏陀の中から「阿弥陀仏」を選んだ。いや、選ばされたのかもしれない。どちらにせよ、彼は「ただ一向に念仏すべし」と言い残した。阿弥陀仏にすがれと。そしてそれこそが、この悪世の時代の我々に残された救いの道であると。もはや自力では悟れない世界にいる我々の最後の道だと。

 存在の孤独というのは、淋しくて無力なものである。だからこそ、それを認めてくれる存在を欲する。言葉は矛盾するが、互いの間に存在の孤独があり、それを忘れることがなければ、「耐え切れなくて手放す」ということは起こらないのかもしれない。相手がたった一人の存在であるという認識、あるいは想像。そういうことが必要なのだろうと。それは「存在の孤独」に裏打ちされた希求でしかないかもしれないが、そのことを忘れて満たされてしまうとき、人は他のものに目を奪われる。
 それはそれで仕方のないことでもあるし、どうやったって修復が不可能な関係になることもあるだろう。

 あるいは、たった一人の存在だと思っていた相手が、他を向いてしまったときなど、どうすることもできないこともある。やはり「存在の孤独」である。

 どんな金持ちにも、どんな貧乏人にも、美男子にも美人にも天才にも馬鹿にも、死は平等に訪れる。そして「老い」も。容姿に縛られ、若さに縛られれば、すべてそれらは失われゆく存在であるから、当然、それの消滅とともに関係は終わってしまうだろう。

 相手の老いも、死も、許容できるとするならば、その相手しかいないのだ、という存在の孤独であろうと思う。よい意味での諦めというと語弊があるかもしれないが、それは「寛容さ」である。
二人でいても「孤独」であることもあるだろう。人生はそれほど甘いわけではないのだから。

 「貴人、人の情けを知らず」という先人の言葉がある。初めから持てるものなどありはしないのに、自分は持てるものだと勘違いすることから生まれる人間の傲慢である。

 淋しいから、他人に優しくなれるのだということも考えれば(それだけではないにしても)、存在の孤独が二人をつなぐものであったとしても、いいのだと思っている。
 浄土教は「恋に似ている」といわれることがある。恋焦がれることで、そこに到達するという面もあるからであるが、それは性欲や物欲ではなく、やはり、孤独から来る恐怖という面もあると思う。たった一人ぼっちに死んでいかねばならない恐怖。だからすがるものを人は欲する。

 追い詰められねば人は真実、理解もしないし見えもしない。そして心から望みもしないし、許しもしない。
 人の間と書いて、人間である。最低二人は必要だという昔の人の智慧だ。
「あなたがいないと、私は人間たりえない。」
 ダメ人間かもしれないが、互いにそういう認識の持てる相手ならば、結びつきは強いのではないだろうか。たとえそれが、世間一般で言う「恋」や「愛」ほどの派手さはないにしても。

 そんなことをつらつら思った。
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# by superkavi | 2007-06-18 04:02 | 思考の断片